新訳 ゲバラ日記

『新訳 ゲバラ日記』チェ・ゲバラ (平岡 緑 訳・中公文庫)

本日、読了。

確かな信念を抱き、ボリビアへと渡ったゲバラ。入念な下準備、慎重ながらブレの無い選択に、彼の信念への徹底振りが窺える。

しかし、「農民たちは常に困窮し、圧政に敵意を持っており、生活を守るためならば、ゲリラ戦士として立ち、手に銃を取ることもいとわない」という考えは紛れもなく幻想であり、その現実によってゲリラ集団は崩壊していき、ゲリラは39歳でその生涯を閉じる。

彼の理想は余りに「お坊ちゃん考え」過ぎて、失笑すら浮かぶ。

それでも尚、ゲバラという人には強い憧れと、惹き付けて止まない魅力がある。

それが何なのか知りたくて、この本を読んだ。

読んで、少しだけ、分かったような気がする。

ゲバラには、リーダーシップを取る人間に必要な要件が、備わっていること。

どれだけ迷っても、その迷いを周囲に感じさせないこと。

どれだけ間違った選択であっても、選択し実行に移すという、決断力と実行力。

行動に、自らが率先して当たること。

仲間たちを見守り、任せ、間違ったことには叱責し、素晴らしい行いには賞賛すること。

何よりも、惹き付けて止まないのは、その情熱。

僕にもゲバラの1万分の1でも情熱が持てるなら。

日記を記したゲバラは、当時38歳。

僕は、35歳。己の余りの稚拙さ、行動の無さに、連続パンチを喰いながら、それでも、胸の奥から「なにくそ、やったるわい!」と熱い気持ちが湧いてくる。

僕を勇気付けてくれる本。でした。

カフカ『城』(前田 敬作 訳・新潮文庫)

カフカ『城』、読了。

果たして「読了」と言って良いものかどうか迷うが、文庫の最終ページまで読みきったのだから、読了と言って差し支えないだろう。

後書きの解説にも書かれているが、つまり、この小説は、未完なのである。
未完の作品と知らずに買い求め、読んだので、正直「そりゃねぇよ……」という気持ちでいっぱいなのだが、だからといってこの小説を読んだことが無駄だったかというと、そうでは無いように思う。

頭から最後まで、ひたすら不条理が続く。
登場人物たちは、各々勝手な論理、主張を繰り返す。
唯一、読者の思考に近いであろう主人公Kでさえ、幾度となく繰り返される「城」を取り巻く人々の不条理な振る舞いを論破しながらも、やがては、不条理で全容の窺い知ることのできない「城」という決まりごとの塊を、何を意味するか分からないままに、少しずつ受け入れていくように見える。

これを適応と見ることも出来るかも知れないが、私にはそう見ることは出来なかった。
適応と言うより、多勢と強制力による支配に屈し、考えることを放棄する、つまり「城」への服従を受け入れざるを得ない境遇へと追い込まれる、一人の男の悲劇であったと考える。

恐ろしい。

恐怖と、不条理への反発心で胸がいっぱいです。

ファシズムって、つまりこういうことなんだろうか、と考える。

ともあれ、抑うつ症状の療養中には向かない本だと思いました(笑)。

笑いながら駆けていけそうな気がする

 夜中、目覚める。寝付けなくなる。仕方なく本でも読むことに決める。何を読もうか。周囲を探る。手に、文庫本の感触。これにしよう。手に取り、読み始める。

 よりによって『悪童日記』。

 気付いたら、読み終わっていた。

 あれ、今って朝じゃね?おまけに、最高の読後感なんですけど。今なら上半身裸で冬の寒空を、笑いながら駆けていけそうな気がするな。

 や、しないけど。寝よう寝よう。

 結果、寝坊。やけくそで髪を切る。

最近読んで面白いと感じるのは

 最近読んで面白いと感じるのは、料理の技法書。「家庭で作る~」みたいなんじゃなくて、料理学校で教科書に使われそうな本。余計な装飾も誇張もないから、調理法の手順にストイックで興味深い。
 映画「かもめ食堂」を見てからというもの、シナモンロールを作ってみたくて仕方がない。作りたいけど、オーブンがない。焼くだけならオーブントースターでもできるだろうけど、生地の発酵ができないんだよな。レンタル調理場みたいなんないんかな。ワイワイ言いながらみんなで料理できるような。
 で、相方はシナモンロール嫌いなんだって。ちぇ。
 ってか、相方のこと、元パン屋だから出来の評価に厳しそう。だって、あれやん、普通の男性から「ホイロ」とかいう単語、出てこないし。すらっとホイロという単語が出てきたとき「あーホンマにパン屋やったんやなぁ」と思った。

第三の嘘

第三の嘘

第三の嘘

アゴタ・クリストフ


 『ふたりの証拠』を読んだ後、いても立ってもいられなくなって、即読みました。
 『ふたりの証拠』読後に予想した通り、そしてタイトルに『第三の嘘』と題されたように、いくつかの嘘が明らかにされていくかに見えて、実はそれすらも嘘で、みたいな、もう、何でしょう……何が何だか、分からない感じになっていきます。どれが正解なのかとか、意味を持たないのでしょう。
 僕の中ではやはり二人はちゃんといたし、そしてリュカはクラウスを信じ続けたし、クラウスはリュカを羨み、妬み、愛したのだろう、という結論に至っています。逆に、クラウスの取った行動こそ、『悪童日記』の中で彼らが目指した姿そのものに思える。
 でも、やはり最後の一行が悲しい。

ふたりの証拠

ふたりの証拠

ふたりの証拠

アゴタ・クリストフ


 読みました。前作『悪童日記』の衝撃をそのままに、勢いで読み切りました。
 最初の1ページで、かなり落胆しました。登場人物に名前が付いてる……(『悪童日記』では名前は一切出てこない)。何だよ、普通の小説になっちまいやがって、と思いつつ読み進めましたが、いつの間にか馴染んでおりました。
 切ないです。結末に余りに救いが無くて。前作ほどの衝撃は無いにしろ、マティウスについての話は結構なヘビーブローでした。
 で、この1冊を楽しめるか楽しめないかは、本屋のヴィクトールにどれだけシンパシーを感じるかによって大きく変わる印象を受けました。僕はとても近しいものを覚えたので、胸が締め付けられそうになりながら結末に至った次第です。
 一旦、物語が衝撃的な結末を迎えておきながら、その後、更にその全部がひっくり返されてしまいました。読後に「何だコレ、どういうこと?」という疑問符の群れに襲われて続きが読みたくなってしまった辺り、やはり『悪童日記』の正当なる続編と言えるのかもしれません。

葉桜の季節に君を想うということ

 2004年の「このミステリーがすごい!」にて、1位になった作品なのだとか。腰帯には「あらすじを書けない」と書かれておりました。どういうことなんだろうか、と思いつつ読みました。
 なるほど……。これは確かにあらすじを書けない。非常に良く出来たミスリードです。この構成は実に見事だなぁと思いましたし、楽しめました。
 しかし。
 しかしですよ、読むのがこんなに苦痛な小説は初めてだ……。
 はっきりと認識致しました。どれだけ内容が面白くても、文章そのものが面白くないとつまらないということを。お陰で、読み進むスピードは亀並み牛歩。プロットは面白いのになぁ。

悪童日記

悪童日記

悪童日記

アゴタ クリストフ


 昔に……前の会社で、後輩のO君が読んだというのだったか、同期のMさんが読んだというのだったか、そんなのを頭の片隅で覚えていたのだと思う。『日の名残り』を買いに行くと、隣にこの文庫本があって、「あ、このタイトル誰かに聞いたんだったな」ということを思い出したのだった。
 今から考えると、どうも記憶と話が合わないので、僕お得意の覚え違いだったようだ。
 しかし――これはまた、すごい本を読んでしまった。
 読み始め一日目、出勤中の電車の中で読み始めるも、読めば読むほど気分が沈んでいくので「これから仕事するって時に読んでいい本じゃないや」と判断。元気なときに読むことにする。
 二日目、寝る前に一気に半分くらい読んでしまう。気分が限りなく鬱。
 三日目、読み切る。鬱が一気に極度の興奮状態に。結末の余りの驚きで寝付けなくなって困る。
 これは、本当にすごい本です。恐れ入りました。ちと、自分の中で余りにショックが大き過ぎて、まだ感想は書けません。落ち着いたら書きます。
 取り敢えず、これ読んだことある人と語り合いたくてたまらない(笑)。

日の名残り

日の名残り

日の名残り

カズオ イシグロ


 事務所にバイトで来てくださっている女性と執事喫茶の話で盛り上がって、という話を事務所の後輩にしたところ、「あ、僕丁度、執事の小説を読んだんですよ」、という言葉で紹介されたのがこの本。
 執事の小説?何ですかそれ?
 みたくいぶかしみつつも、買って読んでみた私です。いや、一番びっくりするのはこの本がハヤカワだということ。ハヤカワってSFとミステリしかないと思ってた。普通の小説もあるんやね。
 で。
 ごっつ面白いんですけど!
 むちゃくちゃ面白いんですけど!
 余りに面白いので、周囲に勧めてみたりしてるんですけど!
 物語の主人公は、英国は名のある名家に使えてきた執事。その執事が5日間の休暇を取り、その間に一人、自分のこれまでの執事人生を振り返る、という後ろ向きなお話です。
 この主人公、むちゃくちゃ真面目です。「あの時の判断は間違って無かったろうか……」とか、「あの時のお客様が……」とか、延々過ぎたことを、休暇の間、煩悶し続けるのです。なぜにそこまで煩悶し続けるのか……その理由は次第に明らかになっていくのだけれど、その明らかになってからの悲哀、空しさ、そして少し投げやりな希望。延々自分の頭の中で対話し続ける割に、読後がとても爽やかなのです。いやー、いい。とてもいい。
 この本の特徴として、最初から最後まで執事の一人称で語られる点が挙げられます。客観的な視点は一切描写されない――主人公が公正であろうと自らに何度も言い聞かせながら、それでも述べられていることは主観であり続ける――という仕組みは、なかなか面白いです。
 もう一つ、執事業界の常識のような知識があるらしくて、それを前提に話が進みます。この執事業界の話がやたら面白いし、可笑しい。銀製品を磨くのが執事の仕事、ってのは知ってたけど、その磨き粉に何を使ってるかとかなんて知らないよ!月刊執事なんて雑誌、本当に当時のイギリスにあったのか!みたいな。良く調べて書かれているのだなぁと思います。
 訳も素敵です。延々、執事喋りです。執事喋り、素晴らしいなぁと思います。
 やってみましょうか。
 皆様にこうして私の読後感などを申し上げることができますのは、この身に過ぎたことと心得ております。
 いやー、執事いいな!
 こうして感想を述べてみると、単に執事萌えみたく読めてしまうけれど、本筋は第一次世界大戦後のイギリスを鋭く描写した、真面目なお話なのです。面白いですよ。

ブラフマンの埋葬

ブラフマンの埋葬

ブラフマンの埋葬

小川 洋子


 書店で平積みされてて、手書きのPOPが出てて、つい買ってみた訳です。中身も見ずに。
 読み始めようと開いた瞬間の落胆ったら、ありませんでした。なんだこの文字のデカさは。ライトノベルでもここまでではないぞ、という感じ。文章も、なんか普通。あー、なんか騙された……と思って読み始めの印象はすこぶる悪かったのですが、いざ読み終わると、そんな悪くない気はしました。むしろ良かったのかな。
 ブラフマンと名付けられる、謎の生き物と主人公の共同生活を描いたお話です。特別なことは何も起きません。淡々と物語は進みます。
 読み終わると、何か少ししんみりしてしまった。もうちょっとブラフマンと遊んでいたかったな、って気分。
 薄いし、文字大きいから、一日で十分読める本です。気紛れな一日を過ごされるには、いい本かもしれません。
 ちなみに、中学ん時の僕のペンネームが「ブラフマー」だったり「ニルヴァーナ」だったりしたのは秘密。今から考えるととんでもない名前を直ってたな(笑)。中学生は恐れを知らない。